「Jポップ」と呼ばれていた一群のバンドを聴くと、上手に欧米の音楽を消化して自分のものにしているのは確かである(今思うとあれは「渋谷系」だった)。が、欧米人がそれを受容し、愛好しているかといえば、それどころかほとんど存在すら知られていない。海外のヒットチャートに登場することなど限りなくゼロに等しかった。今でも私の頭から離れないのは、あのロックフェラー・センター横の日本語書店にあった畳一畳分の「Jポップコーナー」の光景である。
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ニューヨークという世界の音楽が集まるポピュラー音楽の王国で、ぽつんと日本人以外は誰も気づかないJポップのCD棚の姿が、日本のポピュラー音楽の孤立した姿を象徴しているように思えたのだ。アメリカやイギリス、あるいはフランスのポピュラー音楽は、文化や言語の違いを超えて世界中で愛されている。ラテンアメリカ、アフリカやインド、ジャマイカの音楽も世界に広まっている。「音楽は世界言語」「音楽は文化差を超える」。そんな言説も、なるほどその通りかもしれないと思う。だが、日本のポピュラー音楽はそうではない。世界の中で、この日本列島の内側だけで孤立している。強調しておくが、これは良い悪いの問題ではない。この孤立性こそが、日本のポピュラー音楽の個性であり、ひいては日本文化の特性でもあるのではないか。次第に私はそう考えるようになった。