国立の子供は、実験材料

2011.04.13

「あ、赤だったね。落ちた」「白よ。受かったんだわ」と、他の親が見ている前でその当確がわかるわけです。粒さえ揃っていれば、誰が入ってもいいのだということを国は見せなければなりません。子供は実験材料だからです。私立にとって「建学の精神にのっとって努力してくれる子供」は大切な子供です。ある家庭がその建学の精神に惹かれて入学した場合、実際の教育と建学の精神が違う場合には、もちろん学校側にクレームをつけることができます。しかし、国立の子供は、実験材料とうたってあるわけですから、自分たちの家庭の教育方針と学校側の教育が違うとしても、家庭側からクレームをつけることはできません。児童は実験材料ですから、教科書をやらないということもままあります。私の知っている例では、実験という名のもとに文部省配布の教科書をまったく使わないという国立の子が何人もいました。その結果、算数で教科書をまったく使わないので、公立の子供なら必ず終えてくるはずの特定の分野をまるでやっていないという子供もいました。社会科の歴史でも、ある国立小学校の場合は、奈良東大寺の大仏のつくりかたを3カ月間やりました。これだけを3カ月間やるということは、すなわち残りは駆け足で通りすぎることです。子供は実験材料という考え方がなければできる教育ではありません。文部大臣が鳩山さんの時は、日本珠算検定協会が大臣のスポンサーとしてついていました。その関係があったのでしょうか、国立小学校の児童はみな珠算をやらされました。次の年、文部大臣が変わったとたん、カリキュラムが代わり、その1学年下からはまったく珠算をやらなくなったのです。
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